TECHNOLOGY ARCHIVE vol.10

歴史と共に積み上げた技術と知識がもたらすCBN工具の強靭さ

歴史と共に積み上げた技術と知識がもたらすCBN工具の強靭さ

ダイヤのように硬く鉄材加工に最適な人工素材

新素材の開発により日々進化を続けている金属加工用の切削工具。その歴史を語るうえで欠かすことができないのが「CBN工具」である。ダイヤモンドに次ぐ、世界で2番目に硬い素材。ダイヤモンドに比べて鉄(Fe)とは反応しにくい特性も持つ。こうした特性は、自動車をはじめ各種機械に使用される難削材の加工に適しているため、世界中の工具メーカーが開発競争を繰り広げてきた。そのなかで三菱マテリアルはいかにして業界をリードし続けてきたのか。次世代のソリューションを切り開く鍵を探しながら、黎明期からの歴史を紐解きたい。

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立方晶窒化ホウ素「cBN」とは?

「cBN」とはcubic=立方晶構造、Boron=ホウ素、Nitride=窒素の頭文字をつなげた略称。正式名称は「立方晶窒化ホウ素」と言い自然界には存在していません。人工ダイヤモンドと同じ製法によって高温・高圧下で人工的に合成される素材であり、結晶の構造はダイヤモンドに類似し非常に硬く、熱にも強い性質を持っています。

Poin1 黎明期
超高圧焼結技術の発展により自然界には存在しない素材が誕生

 「CBN工具」の誕生には人工ダイヤモンドが深く関わっています。一般的に知られているようにダイヤモンドは自然界で最も硬い物質。希少性の高い宝石としてだけでなく、その優れた特性から砥石、ダイス、ドリルなど工具の素材としても古くから利用されてきました。

 天然のダイヤモンド粉末が研磨剤として使用された歴史は、なんと紀元前7世紀ごろの古代インドまで遡ることができます。ダイヤモンド加工が盛んになった1400年代のベルギーでは、ダイヤモンド粉末を用いた研磨機が登場。1800年代のイギリスでダイヤモンドダイスが発明されると、ピアノ線の製造などにも使用されていきます。

 ダイヤモンドを人工的に作製するために超高圧焼結を用いた人工合成の実験が本格化したのは1950年代。人工ダイヤモンド粉末を焼き固めて焼結体とすれば、さまざまな形状の工具が開発できると考えられたのです。1955年、世界初となる実用レベルの人工ダイヤモンド合成に成功したのは、発明王トーマス・エジソンを始祖とするアメリカの企業でした。そして1957年には、人工ダイヤモンド合成で確立された超高温高圧技術を用いて「cBN」が合成されるに至り、1969年にはこの「cBN」を原料としたCBN焼結体が製品化されました。

 この世界最先端の技術に触発されて、1979年から三菱マテリアルの中央研究所(現イノベーションセンター)でもCBN工具の研究・開発をスタート。1982年にCBN焼結体の開発を成功させ、岐阜製作所に生産ラインを移管し、1983年には材種「MB10」「MB20」の発売を開始します。1990年代に入ってからも「MB810」「MB820」「MB825」と開発を続けて注目を集めましたが、当時の主流だった工具の素材と比較すれば高価なこともあり、広く普及するまでには至りませんでした。

Point 2 2000 ~
独自技術「粉体活性焼結法」による新しい世代のCBN工具を開発

 1990年代の後半、競合他社からも汎用性の高いCBN工具が出回りはじめると、それに対応すべく岐阜製作所では新しい材種の開発が活発化していきます。開発チームが着目したのは、焼結体に用いられるセラミックスバインダとCBN粒子の界面反応層。この反応層が不均一であったためCBN焼結体の強度が上がらず、つまりは工具の欠損や摩耗の要因であることを突き止めました。

 2000年、試行錯誤の末に三菱マテリアル独自の技術である「粉体活性焼結法」を確立。見事、界面反応層を均一に生成することに成功し、本来トレードオフの関係である耐摩耗性と耐欠損性の両方を向上させたのです。

 さらに三菱マテリアルのCBN工具を普及させるため、岐阜製作所主催で「CBNカレッジ」といった代理店向けのセミナーなども開催。技術革新と拡販プロジェクトを連動させながら、さらに激化していく、競合他社との開発競争を戦い抜いていくのです。

焼結体組織の世代別イメージ図

 そして2003年11月5日には「粉体活性焼結法」による汎用材種「MB8025」を採用した工具を発売開始。現在まで続くCBN工具の技術的な根幹でもある、いわば第2世代の幕開けとなりました。

 時を同じく2000年代の初頭には、PVD(Physical Vaper Deposition)コーティングの技術が、競合他社も含めCBN工具にも用いられるようになります。岐阜製作所では、窒化チタンアルミニウムをベースとした「ミラクルコーティング」の技術を応用。高い熱安定性を持つセラミックスをコーティングすることで、ノンコートであった従来品に比べて大幅な寿命延伸を実現しました。2005年には連続切削に適した「MBC010」、汎用切削に適した「MBC020」、ふたつのコーデッドCBN材種を立て続けに世に送り出します。

 仕上げ加工で用いられるCBN工具において優位性を増すために、CBN焼結体・PVDコーティングだけでなく、ホーニング(刃先処理)の形状も進化を続けることになります。従来はF(連続加工)、G(軽断続加工)、T(断続加工)という3種類だけだったホーニングに、A(従来型)、S(びびり・バリ抑制型)、N(すくい面摩耗抑制型)を組み合わせて計9バリエーションに拡充。

Pint 3 2010 ~
開発競争が激化するなか製造工程から見直し第3世代へ

 第3世代の口火を切ったのが、2010年4月発売の汎用加工用コーテッドCBN材種「BC8020」です。この製品に採用されたのが、CBN焼結体の焼結反応を阻害する要因となる不純物を徹底的に除去することで、過剰反応生成物を極限まで低減させる独自技術「新粉体活性焼結法」。セラミックスバインダ内の不純物を取り除きながらCBN粒子との界面反応層の厚みまで最適化し、耐摩耗性と耐欠損性を同時に向上させたのです。

 新粉体活性焼結法により耐摩耗性においては競合製品の性能を超えたものの、どうしても耐欠損性ではリードを許していました。耐摩耗性を損なわずに耐欠損性を向上させる方法はないものか、研究開発を進めてたどり着いたのが「超微粒バインダ」。従来よりも微細な粒子で構成したセラミックスバインダによって粒子界面を増加させることでクラック伝播を抑制し、大幅な耐欠損性の向上を実現したのです。

 こうした研究・開発の末、世に送り出した「BC8100」シリーズには、CBN工具専用に新開発した特殊PVDセラミックスコーティングも採用。耐摩耗性、耐チッピング性、付着強度を向上させた材種「BC8110」を皮切りに、幅広い加工領域での安定性を追求した「BC8120」、仕上げ面粗さに優れる「BC8105」、耐欠損性に優れる「BC8130」を、2015年から2016年にかけ立て続けにリリースしました。

 さらに市場からの要望が高かった加工能率の向上を実現するため、ホーニングのラインナップも拡充。軽断続切削加工時における欠損対策用の「GH」、中〜強断続切削加工における欠損対策用の「TH」を追加します。2017年には、ワイパ-刃先稜線に微小な傾斜を持たせた「WLワイパーインサート」も登場。びびり・うねりの抑制と切削抵抗の低減による面粗さの安定を実現しました。ユーザーの声に寄り添いながら研究を続けた結果が花開き、破竹の勢いでのラインナップ拡充に結びついたのです。
 

Point 4 2020 ~
次世代に受け継がれていく開発者たちの技術と知識のバトン

BRブレーカ

 岐阜製作所におけるCBN工具の開発は次の世代に受け継がれました。2019年4月に立ち上がった新材種開発プロジェクトの中心は若手メンバーたち。工具における永遠のテーマである長寿命化だけでなく、時代が求めている対応切削領域の拡大を実現するため、さまざまな角度からのアプローチを試したと言います。

 その結果、誕生した新たな技術が「超微粒・耐熱バインダ」です。クラックを抑制する超微粒バインダの強みはそのままに、耐熱性を高めることでクレータ摩耗を抑制。超多積層コーティングも採用し、耐チッピング性・耐欠損性を高いレベルで向上させたのです。そうして2020年には環境負荷低減や高能率化による加工条件の高速化にも対応できる「BC8200」シリーズが誕生。連続切削加工用材種である「BC8210」では切削速度200m/min以上の高速連続切削において従来品に対し1.4倍以上の工具寿命を実現し、汎用材種である「BC8220」では断続要素を含む高速切削においても従来品に対し1.6倍以上の工具寿命を実現しました。

 また、高切込み加工や生産自動化に伴うトラブル防止を想定し、当社では初の3D構造の「BRブレーカ」も開発。高切込み加工の切りくず処理性向上だけでなく、幅広い切込み領域に対応させたことで複数工程の集約化も実現しました。

 今後は自動車産業のEV化やカーボンニュートラルなどに対応するため、CBN工具に求められる条件も大きく変化するかもしれません。どのような時代が到来するのか一寸先は闇ではありますが、積み上げてきた技術と知識、そして歴史はしっかりと次世代に継承されています。試行錯誤のなかで生まれた膨大な数のアイデアがあれば、予期せぬ未来にも着実に対応できるはずです。

廣澤 優樹 ドリル・超高圧工具開発部 材料開発課 / 飯島 周平 ドリル・超高圧工具開発部 素材成形技術開発課 / 今井 大貴 工具製造部 超高圧工具製造課 技術係