CRAFTSMAN STORY vol.10

5枚刃スマートミラクルチップブレーカ制振エンドミル「VQJCS/VQLCS」

切りくずを分断し排出する構造で加工能率向上と工具寿命延長を実現

5枚刃スマートミラクルチップブレーカ制振エンドミル「VQJCS/VQLCS」

航空機や自動車をはじめ、様々な分野でトロコイド加工の需要が高まっている。円周軌道と直線運動を組み合わせた動きにより、深い溝を削る際の負荷を軽減できる加工方法だが、細長い切りくずが大量に発生するなど懸念点も多い。そこで登場したのが、特殊な刃の形状によって切りくずを分断する「チップブレーカ構造」である。欧州からの要望で開発がはじまった時には、すでに他社から数多くの競合製品が発売されていた。後発でのスタート、性能では絶対に負けられない戦いがはじまった。

面白そうなチャレンジと大きな苦悩

―開発依頼があった際の第一印象から教えてください。

四方: 従来のラインナップにない工具だったため、当初は面白そうな依頼だと感じていました。さっそく競合製品を調査したところ、複数のメーカーから発売されており、非常に難易度の高い挑戦であることが分かってきたのです。他社が取得している特許を回避しながら、全ての性能において勝ることが前提ですから。スマートミラクルエンドミルシリーズということで母材やコーティングに関しての心配はありませんが、それだけ形状が重要ということです。まずはチップブレーカ構造と共通項のあるラフィングエンドミルなどの前例をベースに多くのアイデアを盛り込み、そこから10種類ほどまで絞り込んだ試作品を新妻にオーダーしました。

新妻: 四方は全てにおいて最高の結果を求めるタイプなので、1回目の試作段階から長い開発になることは折り込み済みでした。今回、形状自体は新しい挑戦でしたが、母材やコーティングについてはスマートミラクルエンドミルシリーズで蓄積してきた知見があり、サンプル製作はスムーズに進んだと思います。できるだけ評価に時間を使ってもらいたいと考え、納期を前倒して仕上げるよう心がけました。

―1回目の試作結果はどうでしたか?

四方: 予想していた以上に競合製品の性能が高いことが分かりました。1回目の試作では制振性を重視しましたが、全てにおいて完全なる敗北でした。加工能率を向上させるため5枚刃にしたことで、ビビリ振動が抑制しにくくなったのです。そのうえで切りくずの分断性と排出性を高め、工具剛性も両立する必要がある訳ですから、当時はプレッシャーで押しつぶされそうになりました。

長岡: 約10種類の試作品を評価するのに1週間ほど試験を行いますが、その最中から背後に立つ四方の落胆がひしひしと伝わっていました。とはいえ、そうした評価サイクルを3~4回ほど繰り返した頃には、他社の競合製品を上回る評価が出るようになったのです。「ちょっとした形状の違いでここまで性能に差が出るのか」と、驚きの連続でした。

四方: 制振性については、意図的に刃の分割角度をずらす不等分割を採用し、外周刃の逃げ角を微小にすることでバランスよく仕上がりました。そこから高能率加工に適した溝形状を何パターンも試して、切りくず排出性が高い丸みのある形状を探り、そのうえで剛性も両立できるようになったのです。また、切りくずを分断するため刃には凹みを設けていますが、仕上げ面の滑らかさはスクエアエンドミルと見分けがつかないと思います。

最大限性能を高めて使い心地も確保

―競合製品の性能を上回った後も開発は続いたそうですね。

四方: 工具開発課と加工評価課、それぞれの課長が自由に開発できる環境を整えてくださり、開発期間も1年ほど設けてくれたため、試作できる限り、最高の性能を出したいと考えていました。

長岡: そこからは私が苦労をしたと思います。たとえば折損限界を評価するため極端な負荷をかけても、その頃にはもうサンプル全てがなかなか折れない状況でした。そのほかの性能も上がり続け、不具合は発生しにくくなり、評価に必要な時間も伸び続けました。また、試験中はいつも背後に四方が立っており、その最中からアイデアが湧き出ている様子でした。追い込み続けて厳選した1種類をベースに、また新しい試作品のパターンが広がっていく、そんなイメージです。

新妻: 開発のきっかけは欧州からの要望で、そもそもはステンレスの深溝加工がメインでしたが、それ以外の用途での性能も四方は求めていました。他社の競合製品を大きく上回る性能になり、今度は自社で別の担当が開発中の新製品と競っていたようにも感じます。

四方: この3人の連携が上手くいったからこそ、より良い製品を開発できたと思います。7回目の評価サイクルでは、新妻が作った約10種類の試作品にデータ上の違いがなくなったため、最後は長岡の感性に委ねることにしました。

長岡: 大切にしたのは、私自身が世の中に出る前の「ユーザー第1号である」という気持ちです。評価を繰り返す中で感じられるようになった、ちょっとした音の違いなど、ユーザー目線での使い心地を追求することにしました。

新シリーズとして広げるのが目標

―完成後、ユーザーからはどのような反響がありましたか?

四方: 最も心に残ったのは「これより良い工具は今の世界にない」というコメントです。それ以外にも、発売前に3~4ヶ月かけて欧州各地でフィールドテストを行う中で、たくさんの方から高い評価をいただくことができました。こちらがデータ未取得だったトロコイド加工以外の側面切削も試していただき、汎用性についても実証できたと思います。航空機部品、プラスチック金型、半導体関連など幅広い分野のエンジニアの皆様と、欧州の営業担当が良好な関係を築いてくれていたおかげです。

長岡: 評価段階で競合製品のフラッグシップと比較し、送り量の限界値が約2倍、能率性は約1.5倍、寿命は約1.2倍というデータが出ており、忖度なしで評価をしていたので、ユーザーの皆様にもお喜びいただけることは確信していました。その感覚に間違いがなかったことが何より嬉しかったです。

新妻: スタートの時点では課題が山積みだったため、スモールスタートであり現在のラインナップは2種類。汎用工具としても使い勝手が良いとご評価いただき、欧州からの追加要望もありましたので、今後はラインナップ拡充をサポートできればと思います。太いサイズや刃長を伸ばしたタイプの開発に着手しているほか、現行品のスクエアタイプ以外にラジアスタイプなども開発し、新しいシリーズとして拡大できれば嬉しいですね。